機能性表示食品制度がはじまって3カ月。61製品の情報が消費者庁ウェブサイトで公表されている(7月30日現在。62製品が届け出されたが、1製品は後に撤回された)。
機能性で分類すると、脂肪対策が多い。具体的には体脂肪や内臓脂肪等の減少効果、脂肪の吸収抑制等をうたう製品が28製品を占める。メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)や肥満の防止に向けて、人気の高い分野だ。
また、機能性の根拠として、製品の臨床試験を挙げているのが11製品、システマティックレビューに拠るものが50製品。特定保健用食品(トクホ)として認可されているのと同じ関与成分・機能を表示するものが20製品ある.
3カ月たって、制度の包括的な感想を書いてみたい。一言で言えば、科学的根拠、すなわちエビデンスがずいぶんと弱い製品が出そろったものだなあ、という印象だ。
トクホとして認可されている関与成分・機能を表示する製品は、根拠とする論文が比較的多い。しかし、それ以外のものは、たった一つの臨床試験、あるいはシステマティックレビューをした、といいながら、結局採択された論文が1編とか数編、というような製品が、ずらりと並ぶ。
しかも、その効果は、トクホと同類のものも含め、論文を読む限りとても小さい。にもかかわらず、大きな効果があるように錯覚させる表示や広告宣伝が目立つように思う。たとえばこれやらこれやらこれ……。平均BMI30が8週間後に29.4。つまり、身長170cm体重86・7kgだった人が、8週間後に85.0kgになりました、という論文を基にこの宣伝、はないでしょう、と個人的には考える。
そうはいっても、制度上は問題ない。機能性表示といってもその程度のものだ、という理解が、消費者に求められているのだ。
そこで思い出したのが、東京大学医学系研究科・社会予防疫学分野教授の佐々木敏先生が、月刊誌「栄養と料理」2014年7月号に書かれた玉ねぎのケルセチンの話だった(「栄養と料理」で書かれた後に、著書「佐々木敏の栄養データはこう読む!」にまとめられ、その際に数字を更新されたので、ご著書から引用する)。
佐々木先生によれば、ケルセチンとヒトの血圧との関係について調べた介入研究は4つあり、1つは、ケルセチンを大量摂取した直後の血圧変化を調べたもので、残り3つが1〜2カ月ケルセチンを摂取して血圧への影響をみている。
1つは8週間の摂取で血圧に有意差なし。残り2つは有意に下がったが、玉ねぎに換算すると3個や17個分のケルセチンを摂取し、収縮期血圧が4mmHg下がる、という程度だった。つまり、結果に一貫性はないものの、高血圧の人の血圧を少し下げてくれる可能性はありそうだ、というのが、佐々木先生による簡易なレビューの内容だ。
佐々木先生は、論文の蓄積がエビデンスであると論じる。データベースPubmedで検索すると、食塩とヒトの血圧の関係を取り上げた論文が2万298、それに対してケルセチンが37。「かなり差し引いて見積もっても、ケルセチンを摂取することの100倍以上、減塩について真剣にとり組むべきだといえるでしょう」と佐々木先生は書かれている。
そして、流行のケルセチンが効くか効かないかが問題ではなく、それよりうんとしっかりしたエビデンスのある減塩が軽んじられるのが問題だと指摘する。
私たちの健康を守ってくれるのは、最新の数編の論文ではなく(まして1編の論文ではなく)、たくさんの研究論文によって築かれた、おちついた揺るぎない情報だと思います。
さらに、重要なのが研究の信頼性。発表バイアス(出版バイアス)はとくに要注意だ。これも佐々木先生の「栄養と料理」での連載(2013年6月号)から引用しよう。
情報バイアスにはたくさんの種類がありますが、研究者の間で問題になっているのが発表バイアスです。これは、研究者自身や研究資金提供者にとってつごうのよい結果が出た研究が、そうでなかった研究よりも論文にされやすいという現象です。少ない対象者数であらっぽく測ってちょっとやってみたら幸運にもうれしい結果が出た……という研究(?)ほど発表されやすいわけです。一方で、結果が芳しくなかった研究はなかったことにされてしまいます。
佐々木先生の記事は、機能性表示食品制度が具体化する前に書かれている。佐々木先生が憂えた現象がそのまま今、機能性表示食品において起きている。ごくわずかな対象者数でやってみて結果が出た信頼性の低い論文が単独で、あるいは数編で根拠になってしまっている。
しかも、「効果あり」となった方がお得な企業研究者による論文が目立つ。従来、企業でも研究所でも、よい結果が出たら発表し、都合の悪い結果は発表しない、というのが当たり前に行われて来た。そうした状況下での“幸運”な試験結果であったとしても、現状ではそれを根拠に機能性を表示できるのだ。
消費者は、この現実を知っておく必要があるのだと思う。たとえば、人気の体脂肪や内臓脂肪低減効果なら、“常識”を働かせてみるべきだ。だれもが思いつくのは、食生活の改善と運動だ。
実際、食生活の改善と運動で、体脂肪量や内臓脂肪面積等が下がるとする論文は相当数ある。しかも、心血管疾患のリスク低減、インスリン抵抗性改善などの効果も期待できることが、多くの論文で示されている。対象者数が多く、信頼性が高い研究も目立つ。
これらの強いエビデンスは無視して、機能性表示食品の弱いエビデンス、あったとしてもわずかな効果、とても上手な広告・宣伝に飛びつく? 月数千円を注ぎ込む?
こう書くと、「理想を言っても仕方がないでしょう。食生活改善や運動ができないから、せめて機能性表示食品で、という気持ちになのに…」と言われそうだ。なにを選ぼうと消費者の自由、と企業も言うだろう。スーパーマーケットには機能性表示食品がずらりと並び、新聞や雑誌、電車の中吊りなどでバンバン広告が流され消費者の目に触れる。そして、消費者は財布を開けて……。
折しも、米国の国立衛生研究所のOffice of dietary supplement(ODS)が、体重低減のサプリメントについてのまとめを公表したばかり。キトサン、コレウスフォースコリー、フコキサンチン、グルコマンナン、緑コーヒー豆抽出物、緑茶と緑茶抽出物、ラズベリーケトン等、23種類を挙げて詳しく説明している。
ODSは消費者向けのページを設け、これらのサプリメントがごくわずかな試験しか行われておらず、しかも、少ない対象者でごく短い期間の試験に過ぎないことを解説している。冒頭で書かれている体重減らしの折り紙付きの方法は、健康的な食事をすること、摂取熱量を減らし、運動をすること。「ライフスタイルを変えるのは容易ではなく、ダイエタリーサプリメントが助けてくれるかも、と期待が高まるのはわかるけれど、これらのほとんどは科学的根拠がなくて、しかも高いよ」とODSは告げている。
問題の構造が、米国のダイエタリーサプリメントと日本の機能性表示食品でほぼ同じであることが、3カ月を経てはっきりした。
さて、機能性表示食品、買いますか?